あの頃 (1997)        Acryl / 6F
あの頃 (1997)        Acryl / 6F

画廊通信 Vol.154           異人達の午後

 

 

 昨年の6月、つまりはちょうど一年前、日本橋の不忍画廊において「Summertime Blues──描かれたブルース──」と題して、中佐藤さんの個展が開催された。この時の資料を見ていたら、作家自身によると思われるこんなメモが掲載されていたので、少々抜粋させて頂きたいと思う。以下は、不忍画廊さんのホームページから。

 

  作品に登場する“男”の設定 / 中佐藤滋

1. 年齢  40代独身

2. 仕事  無名脚本家

3. 性格  内向的な草食系男子

4. 趣味  色々空想する事

5. 好きな食べ物  ナポリタン、ポテトサラダ

6. 得意な事  不得意な事を得意な事のように想像する事

7. 苦手な事  思い切り体を動かす事

8. 作品全体を通してのストーリー  ・・・無名脚本家の

 休日の楽しみは、自身のお宝でもある古い玩具で遊ぶ

 事。玩具や雑貨、その他のガラクタ等を机の上で並び

 替え、積み重ね、組立て、又壊し、繰り返し遊んでい

 る。しかし空想の世界にあまりにものめり込み過ぎた

 結果、自己満足だけの都合の良い妄想ストーリーとな

 る。素敵な女性と下心を隠したドライブデート、やが

 て欲しい物は全て手に入れ思い通りになる、いつもの

 ワンパターン妄想ストーリーの脚本が出来上がる…。

 

 もちろんこれは、中佐藤さん特有のユーモアと言おう

か、一種のジョークだろうから、大上段に考察するよう

な論題でもないのだが、ただ、このメモを読みながら私

は、当店もお世話になっているある他作家の話されてい

た、ある言葉をふっと思い出していた。若い時分、社会

に背を向けたドロップアウトを敢行し、行方をくらまし

て何年にもわたる放浪を続け、未だその漂泊の風情を色

濃く宿すその作家は、豪放の風貌からは以外とも思える

こんな話を、まるで独り言のように朴訥とされていた。

「アトリエにこもって制作していると、知合いが気遣っ

て声をかけてくれたりするんだ。そんなに閉じこもって

ばかりいないで、たまには外に出て、人に会ってはどう

かってね。何日もたった独りで誰にも会わないもんだか

ら、たぶん寂しいんじゃないだろうかって心配してくれ

てるんだろう。俺もそんな心遣いを無下にしちゃ悪いか

ら、たまに呼び出しに応じて付き合ったりもするんだけ

どさ、でもね、どうも分ってもらえないんだよ、何日も

人に会わないでアトリエにこもって、たった独りで制作

している事が、俺にとっては最高の生き甲斐なんだって

事がさ。毎日ああでもない、こうでもないって言いなが

ら、独りしこしこ創ったり壊したりしている、そんな生

活が好きで好きでしょうがない、そもそも作家ってのは

そんな人種なんだ。だから気遣ってくれるのはありがた

いんだけどさ、俺は友人達に本当はこう言いたいんだ、

頼むからほっといてくれってね」──何だかおかしかっ

たもので、私はつい大笑いをしてしまったのだが、後で

しみじみと反芻してみるに付けて、確かに芸術家とはそ

んな人達なのだろうと、妙に印象に残る話ではあった。

 古今東西に敷衍して考えてみても、たとえばボックス

アートで有名なジョセフ・コーネルなんて人は、前述の

妄想脚本家を4~5人も集めて凝縮したような、もはや

中佐藤さんの設定を軽く超越した人物であったろうし、

もっと有名どころにしたって、例えばゴッホにしろダリ

にしろピカソにしろ、それぞれに異なる強烈な個性の持

ち主でありながら、ただ一点「毎日ああでもない、こう

でもないと言いながら、独りしこしこ創ったり壊したり

している、そんな生活が好きで好きで仕様がない人種」

である事だけは、おそらく見事に共通しているのだ。ア

マチュアでも絵の上手い人は沢山居るだろうし、中には

本職に勝るとも劣らぬ技量を誇る人だって居る、しかし

彼等といわゆる「画家」を比較した時、そこには決定的

に異なる何かが有って、その間に引かれた境界は冷厳に

両者を分つ。何が違うのかと言えば、つまりは「人種」

が違うのである。私達黄色人種が、明日から白人種にな

ろうとしても不可能なように、この人種の壁だけは容易

には越えられない。画家だけに非ず、音楽家にしろ文筆

家にしろ分野に拘らず、創作を仕事として一流の業績を

成す人々は、即ち「芸術家」という異人種なのである。

 

 優れた画家は、技術や方法論を云々する前に、まずは

その視点が違うものだ。ものの見方、ものの感じ方、更

に言えば世界の捉え方、そんな未だ創作に到る前の、心

の在り方が違う。保坂和志に「書きあぐねている人のた

めの小説入門」という本があって、その中にあった話が

正にそれを示唆するような内容だったので、ここに少々

抜粋しておきたい。ちなみに私、小説を書こうなんて大

それた考えは毛頭なく、よって決して書きあぐねている

訳ではないのだが、この作家の場合、本業の小説よりも

こういった随筆の方が面白いものだから、つい手に取っ

てみたまでの事、くれぐれも誤解なきよう、念のため。

 

「小説とは何か?」を考える時、私は小学校時代の二人

の同級生を思い出す。一人は四年の時のMさんで、社会

科の授業で先生が「“昔”というのはいつの事でしょう」

という問題を出した時の事だ。集まった答えを先生が、

一人ずつ順に読んでいく。「10年前、佐藤。100年

前、山本さん。10年前、保坂。50年前、鈴木……」

こんな感じで続いていったのだが、Mさんの答えだけは

違っていた。「お母さんのお母さんのお母さんが生まれ

る前」、教室全体が大爆笑だったけれど、今思うとMさ

んの答えだけが「小説が生まれる瞬間」だった。小学校

四年ともなると、けっこう小賢しくなっていて、「社会

科の授業」という枠の中でものを考えるようになってい

る。そういう小学生が「昔とはいつ?」と訊かれれば、

10年前とか100年前とか答えるのは当然だ。これに

対して「お母さんのお母さんのお母さんが生まれる前」

というMさんの答えは、明らかに異質というか、はっき

り言ってアタマが悪いが、そこには確実に“個”の手触り

がある。いかにも“個”が立ち上がってくる気配がする。

そして、それこそが小説の原型ではないかと思うのだ。

 二人目は小学校六年の時の同級生だったW君で、卒業

文集にまつわる思い出だ。全員が揃いも揃って「桜が満

開の中をお母さんに手を引かれて歩いてきた六年前が、

昨日の事のように思い出されます」「四月からは希望に

胸をふくらませて、中学校に進みます」なんて事を書い

ている中で、W君だけはこう書いた。「四年のとき な

がしの すのこで ころんで つめを はがして いた

かった」、担当の先生は、小学校生活の思い出を書きな

さいとか、将来の希望を書きなさいとは言わなかった。

そんな事はわざわざ言わなくても、卒業文集にはどんな

事を書くべきか、生徒は全員分っていると先生は思って

いた筈だし、現にW君以外の子供は先生が期待した通り

の作文を書いた。しかし、W君にはそういう“コード”が

通じていなかった。そして、それでも何かを書こうとし

た彼は、「四年の時、流しの簀の子で転んで、爪を剝が

して痛かった」ことを、最も強烈な出来事=書くべき事

として思い出したのだ。小学校の卒業文集の中で、小説

の書き出しに使えるものがあるとしたら、これだけだ。

 

 この後、二人の小学生がどちらかと言えば友達からも

学校からも疎外された子供であった事を明かした上で、

作者はこう述べている。「社会化を目的とする学校教育

と小説(芸術全般)は、一種の対立関係にある。小説家

には学校教育のスタートから疎外された子供はいないか

も知れないが、それでもやっぱり小説家はMさんやW君

の側につく必要がある」、なぜならば、MさんもW君も

その側につく小説家も、私達とは違う言葉を持っている

からである。言葉が違うという事は、即ち人種が違うと

いう事だ。よって彼等は、私達の慣れ親しんで使い古さ

れ手垢の付いてしまった言葉ではなく、全く違う言葉を

使って私達に語りかける。それは日常の残滓が堆積して

不透明に澱む私達の心に、新鮮な風を勢い良く吹き込ん

で蘇生を促す、それが芸術の力というものだし、それを

為し得るのはやはり、芸術家という異人達なのである。

 

 そのように考えてゆくと、冒頭に挙げた中佐藤さんに

よる“男”の設定は、只の冗談には思えなくなって来る。

そこに描かれた男は、確かに冴えない中年男には違いな

いが、少し視点を換えてみれば、それは正に「芸術家」

の肖像に他ならない。とすれば、彼は作家の自画像であ

り、延いては中佐藤さんその人とも言える。むろん、中

佐藤さんご本人は前述の設定とは大きく異なる人だし、

一見はむしろ明るくざっくばらん、どちらかと言えば磊

落(らいらく)な人とお見受けする。しかし──ここか

ら先は勝手な私見で申し訳ないが──必ず中佐藤さんの

中には、あの妄想ストーリーで頭が一杯になった、孤独

な無名脚本家が居る筈だ。彼は玩具や雑貨やガラクタを

机の上で飽かず並び替え、積み重ね、組立て、又壊し、

時間を忘れて遊んでいる。そして毎日ああでもない、こ

うでもないと言いながら、独りしこしこと創ったり壊し

たりしている、そんな彼を中佐藤さんはこよなく愛して

いるだろう、というよりは、彼こそは正に作家自身なの

である。だからその並び替え、積み重ね、組立て、又壊

し、ああでもない、こうでもないと言いながら、独りし

こしこと創りあげた風景は、私達の見なれた風景とは一

変した様相を見せる。そこには他の誰にも描けない中佐

藤さんだけの言語が縦横に満ちて、私達を静かにも強く

いざなうのである、未だ知らざるあの魅惑の陋巷へと。

 

 中佐藤さんの描く街には、6月の空が良く似合う。晩

秋の枯葉舞う時節も良いけれど、あの今にも雨の落ちそ

うな曇天の下、そこはかとなく不思議な兆しが大気に充

満する午後は、やはり6月頃の時節独特のものだ。夏な

のに、陽光にぎらつく過剰な原色の饗宴を、全く催す意

志がないかのように、どんよりと厚い雲に歩みを止めら

れた季節の狭間で、街は灰色の静寂に沈んでいる。こん

な時、人は詩人になる。ふと雲間から光が射して、くっ

きりと街路に影の作られた刹那、それは跡形もなく消え

去るような儚さでありながら、明るくもなければ暗くも

ない、仄かな薄明に包まれた大気の中を、想いは軽やか

な軌跡を描いて、縦横に舞いつつ浮遊するだろうから。

 ある雨上りの午後、解き放たれた心のままに町外れの

運河に沿って歩いて往くと、そこにはいつの間に見た事

もない古びた橋が、架かっていないとも限らない。橋を

渡ると久しく見なかった野良犬がうろついて、子供達が

棒を振り回しながら道端を走り去る。目前には薄汚れた

古い町工場、煙突からは曇天にたなびく一条の煙、道の

先には階段の入り組む奇妙な建物があって、その下には

錆び付いた廃線が走る。更に街の奥へ分け入ると、とあ

る路地裏にひっそりと隠れた孤独なカフェに辿り着く。

朽ちかけた木の扉を開ければ、仄暗い室内に低く流れる

古い唄、侘しげな電球の下に揺らめく紫煙、カウンター

では冴えない中年男が独り、漫然と妄想にふけっている

だろう。やがて暗がりでドラ猫の眼が光る頃、私達は中

佐藤さんの午後に遊ぶ、絵の中の異人となるのである。

 

 

                     (16.06.07)