マックス・エルンスト   「百頭女」より
マックス・エルンスト   「百頭女」より

画廊通信 Vol.281         パンドラのクロス

 

 

2509  昨日の夕方、風呂に入っていた時の事。リラックスしようと浴槽の中で目を閉じていると、離れた所からポタン、ポタン…という水滴の、規則的に垂れてくる音が気になりだした。蛇口の栓がゆるいのだな、出たら締めよう…、そう思ってまた目を閉じたら、次第にその規則的に落ちる水音が気になりだして来た。内耳から脳に入り込んで来る、その規則的に垂れる音に次第に苛立って来たのである。私は考えた……もしこの音をずっと何

日も拷問のように、休みなく聞かされるとしたらどうだ

ろう、ひょっとすると昔の拷問にあったかも知れない、

そう思ったのであった。疑問から仮説、そして実証へと

移るのは私の常なる思考パタ-ン、さっそく風呂から出

て調べる事にした。その拷問は果たしてあった。中国の

公安が、尋問する際に水滴の音を規則的に聞かせると、

次第にその音に心が乱されて不眠状態に陥り、やがて自

白するか、最悪は発狂に至るのだという。また楊貴妃

時代に嫉妬に狂った女官が、この水音による拷問を行っ

たという話もある。……以前に京都の先斗町で、京都精

華大教授の生駒泰充さんと呑んでいた時の、専らの話題

は『古今東西の奇妙な拷問百話』であった。その時に生

駒さんが話した「狭い室内に平行線を引き、その一部を

僅かに歪めておくと、その部屋に閉じ込められた人は終

には発狂する」という話が、今も忘れられないでいる。

 

2511  今や観光で賑わう〈みなとみらい21〉界隈は、

以前は赤レンガ倉庫が、廃墟のように不気味に建ってい

て、引き込み線路にはペンペン草が生え、廃墟の裏には

刺殺体が転がっていそうな危うい雰囲気が漂っていた。

私が本牧にいた頃は未だ米軍基地があって、日本人は立

ち入り禁止なのだが、アトリエ裏の崖を登ってこっそり

と基地内に入り、相模湾を航行する船を柔らかな芝生の

上に寝転びながら、のんびりと眺めていたものである。

つまりそうとう暇だったのである。美術の作家と並行し

て私立探偵を職業にしようかと本気で考えていたのも、

この頃であった。一番長く住んでいたのは山下町で、家

を出れば目の前にすぐ横浜港が見え、背後には中華街が

あり、船の汽笛を遠くに聞きながら、自転車や徒歩でフ

ラフラとしていたものである。当然何回か、職務質問を

された事がある。国家も政治も権力なるものも、全て虚

ろな幻に過ぎないと思っている私の事、警官の職業的勘

から、この男は何か怪しい!と、思われたのかもしれな

い、と今は思う。昼食は殆ど中華街であった。中華街の

裏道りには、5階建ての怪しい古道具屋があって、商っ

ている品は優れ物だが、廊下の壁の不自然な場所に、固

定されたマジックミラーが幾つも在って、来た客の多く

が不審がっていた。特に変なのは、いつも落ち着かない

初老の店長の男以外は、店員はみな若い女性だけで、何

故か顔ぶれがよく変わる。そして戸口にはいつも貼り紙

があって、こう書かれていた。…〈求む女店員‼〉と。

 

2604  中央線沿線の画廊に、友人の個展を観に行って久

しぶりの話をしていたら「そう言えば玉川上水がこの近

くを流れている」という話題になり、ピンと閃くものが

あった。玉川上水と云えば、昭和23年6月に太宰治

愛人の山崎富栄が入水自殺した川である。このブログで

もその顛末は何回か書いて来たが、まだ実際には現場の

玉川上水には行っていない私であった。思えば、多摩美

大の学生時代から、八王子の立教大学教授による女子大

生殺し事件、そして岡山の津山三十人殺し、荒川区尾久

の阿部定事件、浅草十二階の発掘現場他、今まで沢山の

現場に行っているが、玉川上水には未だ行っていない。

今日がその日か、では行ってみるか‼…と思い、友人か

ら行き方を教えてもらって、玉川上水にやって来た。今

見る川の水深は50センチ位と浅いが、当時は魔の淵、

人喰い川と呼ばれていた玉川上水。しかし、川原は今も

50度位の急斜面で、お互いの体を紅い紐で結びあった

まま、斜面を縺れ堕ちるように水中に沈んでいった二人

の姿が、モノクロ-ムの姿で鮮明に浮かぶようである。

 

 紙面が限られているゆえ3例に止めたが、以上は北川

さんがオフィシャルサイトに掲載されている、連載ブロ

グからの抜粋である。プロファイリングの専門家でもな

い私が、ここで心理分析の真似事などするつもりはない

が、ただ上記の僅かな例から推量するだけでも、そこか

らは否応なくこの著者の、或る強烈なパーソナリティー

が滲み出す。尋常ならざる好奇心、奇異なる物事への偏

愛、見えざる背徳への指向、これらの言わば不可思議を

希求して止まない心理は、北川健次という美術家・著述

家の根幹に在るものだと思う。逆に言えば、この旺盛な

る希求心無くして、あの尽きない謎と不思議を生み出す

コラージュは、決して生まれ得ないものだろう。以前に

私は、北川健次という芸術家を「最も純粋にして真摯な

コラージュの継承者」云々と評した事があったが、思う

に北川さんの場合は、作品のみならず、それらを生み出

すご本人の気質・人間性そのものも、最も正統にコラー

ジュ制作者の血脈を、受け継ぐ存在なのだと言っても過

言ではない。何故ならば、コラージュを創造した昔日の

芸術家達もまた、北川さんと極度に類似した気質を持つ

人々、と言うよりは、端的に「同じ」性向の人々であっ

たと考えられるからである。という訳で、この辺りでコ

ラージュ誕生に到る歴史を、簡単に振り返ってみたい。

 

 第一次大戦当時、戦禍を免れたチューリッヒには、当

時様々な国から亡命して来た知識人や芸術家達が集い、

新たな革命の息吹がいやが上にも高まっていた。ちなみ

に彼らの活動拠点だったキャバレー・ヴォルテールは、

現在も美術史に燦然とその名を残す。1918年、活動

のリーダー的存在であったトリスタン・ツァラが「ダダ

イズム宣言」を発表、既成の芸術を否定して旧態を破壊

し、過激な挑発と煽動を旨とするこの運動は、瞬く間に

世界を巻き込んで、大きなムーブメントへと発展して行

った。大戦後、ツァラはアンドレ・ブルトンの招聘でパ

リへと拠点を移し、新たな活動を展開する事になるが、

このパリのリーダーであったブルトンがやがてツァラと

袂を分かち、独自の新思想を高らかに謳い上げて上梓し

た書物が、現代芸術の聖典として名高いあの「シュルレ

アリスム宣言」である。時にして1924年、明確な意

識よりは無意識や夢を重視したこのかつてない思想は、

ダダイズムの運動から派生しつつも新たな深層心理学と

相俟って、より広範な影響力を波及するものであった。

それから5年を経た1929年、ブルトンが熱烈な緒言

を寄せて僅か1000部だけ限定出版された、奇妙奇天

烈な絵本が登場する。後に澁澤龍彦をして「正に二十世

紀の奇書、現代の最もオリジナルな暗黒小説」と言わし

めた「百頭女」である。驚いた事に、この本には「描か

れた」箇所が一つも無い。全て古い挿絵本や図鑑・商品

カタログ等から切り取った図版を、自由に貼り合せたも

のだ。作者はマックス・エルンスト、彼はこの画集とも

小説ともつかない面妖な書物に「コラージュ・ロマン」

という副題を付けた。いわゆる「コラージュ」の誕生で

ある。この斬新な手法の発案は、本人の言によれば更に

10年ほど前に遡る。後日、エルンストはこのように語

っている──1919年のある雨の日、ライン河の畔の

ある都市にいた時、人類学や生物学・心理学・鉱物学な

どを図解した挿絵入りカタログのページが、突如思いも

寄らぬ驚愕を伴って、私の視線に取り憑いたのだった。

 

 コラージュの本質は、さまざまな事物や情報の要素に

従事する属性たちの呪縛を解放して、理性や知識が所属

するアドレスに切実な変更を迫ることにある──これは

松岡正剛によるコラージュの定義だが、少々難解の面持

ちがあるので、百聞は一見に如かず、前頁に「百頭女」

の実例を掲載した。激しいイメージの混乱が顕著なこの

書にあって、この図版は比較的静かな部類に属するが、

エルンストの提唱したコラージュの方法論を、典型的に

示した一例だと思う。建築現場と思しき建物の内部、右

下には馬の半身、宙に浮いたギリシャ彫刻風の女性像、

彼女に目潰しをされている石像、空中ブランコをしてい

るような若き裸身、中央には半開きの巨大な眼球、それ

らの互いに無関係な要素が自由に組み合わされて、摩訶

不思議なイメージを醸し出す画面、ここでは各々のモチ

ーフに備わる意味が綺麗に取り払われて、全く別次元の

小宇宙が現出している。上記の定義は、正にこの事を意

味していると思われるが、この「無関係な要素を自由に

構成して、新たなイメージを作り出す事」こそ、ピカソ

やブラックのパピエ・コレを端緒として、エルンストが

コラージュへと進化・発展させた狙いであった。思えば

この手法は、意味や概念に付き纏う桎梏から離れて、意

識圏外の世界を希求するシュルレアリスムの具現に当た

っては、正に打って付けの方法だったと言えるだろう。

 

 という訳で、ダダイズムからシュルレアリスムを経て

コラージュへと到る概史を書き出してみたが、登場する

綺羅星の如きアーティスト達を顧みる時、私はふとこん

な事を思うのである──もし北川さんが、ブルトンやエ

ルンストといった気鋭のシュルレアリスト達が集う、第

一次大戦後のパリに居合わせたとしたら、彼らとどんな

言葉を交わし、どんな活動を成しただろうかと。同じム

ーブメントの同志だったとは言え、何しろ強烈な個性の

持ち主ばかりだったろうから、それぞれに理念や信条の

相違はあったに違いないが、ただ一つ「不思議」を熱愛

する心だけは、彼らに微塵の差異もなく共通するもので

あったろう。もし北川さんと彼らが、セーヌ左岸辺りの

カフェに集ったとしたら、間違いなく「奇妙な拷問」と

いったような話題が俎上に載っただろうし、おそらくは

「狭い室内に平行線を引き、その一部を僅かに歪めてお

くと、その部屋に閉じ込められた人は発狂する」云々と

いうような話が、嬉々としてそこに飛び交った筈だ。再

度申し上げれば、そのような人達なのだ、コラージュを

生み出した立役者は。故にコラージュには、常に何かし

ら胸踊る不穏の匂いが纏り、何処か心騒ぐ未必の犯意が

漂う。その意味で、北川さんの創り出す異次元を内包す

る「箱」は、それが木製の黒い箱であれ、透明なアクリ

ル・ボックスであれ、言わば現代における「パンドラの

箱」である。周知のように古の神話では、それは有りと

有る災いを孕む箱であったが、現代のそれは有りと有る

不可思議を秘めた箱だ。それは巧みな錬金術を駆使して

組成され、尽きない謎を生み出す装置として機能する。

よってその蓋を開け放たない限り、箱の内部に充満する

不可思議は、見る者をいつまでも魅了し続けるだろう。

 先に私は「コラージュの継承者」という言葉を記した

が、継承には革新が必須となる。絶えざる変革の無き所

に、継承は成し得ない。北川さんの成した革新の、逐一

を挙げる紙面は最早無いが、この数年で顕著な傾向の一

つは、箱の中を貫く鋭い鋼線である。それは空間を鋭角

的に分断し、時空に強靭な張力を与える。今回の案内状

の掲載作品では、更にそれは直角に交差して十字架を形

作る。パンドラの箱に張られたクロス、それは次元を縦

に横に引き合いながら、仄かに背徳の異教を匂わせる結

界を成して、永遠に明かされぬ謎を秘匿して止まない。

 

                     (26.05.28)