PRESENT

彗星の日 (2005)     混合技法 / 6P
彗星の日 (2005)     混合技法 / 6P

219th  Exhibition

── 谷戸の林の物語 ──

第9回 佐々木和展

 

2020年 09月02日 (水) 〜 09月21日 (月)

 

それは遥かな日、緑なす里山の小径を日々にこやかに歩む画家が居た。ふり仰ぐ空、雑木林を渡る風、名もなき叢草の息吹、小さな生き物達のささやき、そこに画家は「世界」を見たのだろう。58歳の早逝から11年、愛

する谷戸で豊かに綴られた、あの限りない物語を再び。

 

哲の話          混合技法 / 8F
哲の話          混合技法 / 8F

佐々木 和 Sasaki Kazu (1951〜2009)

 

丘の上にたどり着き、綱を解きほぐし、「よし」の声と共に束縛から逃れた犬は、自由を得て疾風となり駆け回る。眼下には小川が流れ、数件の家があり、その後ろには森が広がり、数キロ先の巨大な団地は遮られて見えない。心地良い風が森や小川を伝って丘を駆け上がり、汗ばんだ体を冷してくれる。茜色に染まって行く空を、鳥達が彼方へと消えて行く。日常の慌ただしさを逃れた一時の充足、これが幸でなくて何であろう。昨日のような遠い日、遠い日のような昨日、愛しき日々を思い起す。

(ギャラリー鉄斎堂「佐々木和展」パンフレットから)

佐々木和の描く世界は、そのほとんどが身近な自然である。悠久の大自然を大仰に描くのではなく、むしろ気にも留めないような小さな自然に、悠久への端緒を見出す

のが、佐々木和という画家の一貫した視線であった。人

が嘆声を上げるような絶景よりも、美は何気ない日常に

こそ宿る、それが日々を質実に生きる中で掴んだ、画家

の揺るがぬ視線だったのである。おそらくその源泉は、

作家の住む「谷戸」と呼ばれる地域にあったのだろう。

横浜でも未だ豊かな緑を残し、四季折々の表情を鮮やか

に見せる、昔ながらの自然を有する地。そこに住んでそ

この空気を吸い、そこを歩いてそこの風に吹かれる、そ

んな日々の地道な営みが、あの柔らかな世界観を育んだ

のではないだろうか。故にその眼差しは、いつも限りな

く澄んでいた。目の前の自然を真っすぐに見つめ、少年

のように驚き、目をみはり、愛おしみ、慈しむ、そんな

純粋な情感に満ちた世界を、精妙な色彩が幾重にも綾な

す独自の混合技法で描き、そのみずみずしい表現が見る

者を魅了した。他にも「密陀絵」と呼ばれる古代技法を

復活させ、漆と箔を用いた斬新な表現を生み出す等、幅

広い領域に亘る自由な制作を展開して、その独創的な作

風はいよいよ共感の輪を広げつつあったが、2009年

58歳の若さで逝去、あまりにも早い死が惜しまれる。