276th Exhibition
── 砂丘の思想 ──
第6回 森幸夫展
2025年 01月31日 (金) 〜 02月17日 (月)
※ 02月06日(木)・10日(月) 作家来廊
北辺の打ち捨てられた砂丘は、世界の表層からは遠く隔たり、深い沈黙の中に横たわる。何も無いその地には、ただ時の残骸だけが在った。全てが風化して消え去り、
跡には無辺の砂のみが残る、そこには我々の日常には流
れない、悠久の意志が刻まれるのだろうか。第6回展、
静謐の彼方より深々と響き出す、あの砂丘の思想を今。
森 幸夫 Mori Yukio (1950〜)
最果ての寒村に、冬の凍て付くような風景が広がる。蕭条と続く荒れ果てた原野、何処までも茫々とうねる砂丘、その狭間に埋もれるかの如くに佇む家屋、大地を非情に吹き荒れる苛烈な風雪、それら北方特有のモチーフが、幾重にも重ねられた奥深い色彩と、長い星霜の堆積したかのようなマチエールで描き出される。それは確かに、津軽と云う現実の土地に取材した風景ではあった。
しかし、自己との孤独な対話を飽かず重ねゆく、長く地
道な制作の果てに、それは画家の透徹した眼だけが達し
得るのだろう、内奥の曇りなき心象風景へと昇華する。
森 幸夫 ── 津軽の地を舞台に、深い趣を湛える北の
風土を描く。幼少時にポリオを患い、以降左手に障害を
残す。後年には他の疾病も重なり、身体的な不自由を余
儀無くされる中、50代半ばから津軽への取材を開始、
以後は秋から冬にかけて、同地へ幾度となく足を運ぶ。
今図録等の資料を顧みると、津軽行き当初の作品には、
ある程度現実に即した、具象的な風景が描かれている。
それが年を経るに従い、徐々にフォルムが抽象度を増し
て、作品の根幹を流れる精神は、一貫して変わらないも
ので在りながらも、表現は極限まで抽象に接近する、あ
る種大胆な作風へと変遷を遂げて来た。よってそこに現
出する風景は、最早具体的に特定された地名を離れて、
画家の心奥に広がるだろう、或る普遍の世界を暗示して
已まない。大地の奥深い鼓動と、有りと有る人倫の営為
が分かち難く溶け合う世界、それこそ画家が北方の果て
に見出した、悠久の風景と言えるのではないだろうか。
現在疾うに絵画の「精神」は忘れ去られ、芸術の矜持
も消え失せて久しい。そのような状況下、表層の美麗よ
りは内奥の真実を、見えるものよりは見えないものを希
求するその制作は、いよいよ質実の輝きを増している。
あらゆる虚飾を排して、表現の根源へと挑む。声高な標
榜を避けた沈黙を貫き、自己の一切を絵画のみで語る。
ここに人は本来の、強靭な「画家」の姿を見るだろう。