花のない卓上 (2019)     油彩 / 10F
花のない卓上 (2019)     油彩 / 10F

画廊通信 Vol.195              絵画の力

 

 

 千葉にまだそごう美術館が在った頃、と言えば四半世紀ほど前の話になるが、「ボストン美術館所蔵・静物画名品展」と題された展示に、足を運んだ事がある。静物画というジャンルだけに焦点を絞り、16世紀から20世紀に亘るその変化に富んだ系譜を、巨匠の名品を通して一堂に通観するという、今にして思えば大変に贅沢な企画であった。16~7世紀のあまり馴染みのない画家

に始まり、18世紀の名匠シャルダンを通過し、19世

紀はミレー・クールベ・ラトゥール・マネ・シスレー・

セザンヌ・ルノワール等々、錚々たる大家の居並ぶ順路

を遊歩して、20世紀のアンソール・マティス・ブラッ

ク・モランディ等々に到るという、正に静物画の歴史を

具現したような展示内容である。その間に絵画様式も、

ルネサンスからバロック・ロココを経て古典派やロマン

派へと到り、バルビゾン派・印象派・象徴派等の新たな

潮流を経過して、キュビスムやフォービスム等々、モダ

ンアートの多様な表現へと変遷を遂げた訳だが、この時

の展示で最も興味深かったのは、それら約400年に亘

る同じテーマで描かれた絵画が、同じ会場に何の優劣も

なく併置・並列された事によって、観る者がそれらを如

何なる差異もなく、全くの同一条件で比較出来た事であ

った。つまり絵を観るに当っては、どの様式が古くどの

様式が新しいとか、どの画家は何派でどの画家は何主義

だとか、言わば半端な知識が余計な先入見を誘発するも

のだが、同じテーマが同じ空間で同じように配された事

で、結果的に先入を離れた公平な視点に立つ事が可能と

なったのである。これは得難い体験であった。何しろ、

そこでは300年前の見知らぬ作家も、100年前のセ

ザンヌも、或いは50年前のモランディも、悉く同等の

静物画として並んでいたため、時間の隔たりも自然に無

化されて、ただ絵画表現としてのみ、純粋な比較が出来

た訳だから。この日、展示をゆったりと観て歩く内に、

いつしか会場の片隅に立つ柱の陰へと回り込んだ。あま

り照明も届かないようなその目立たないスペースには、

6号ほどの古典的な小品がひっそりと掛けられていたの

だが、一見してその静謐な佇まいから、何故か眼が離せ

なくなった。「ティーポット、葡萄、栗、洋梨のある静

物」と題された作品で、質素な卓上にタイトル通りのモ

チーフが、誠にさりげなく並んでいる、ただそれだけの

絵である。描いた画家の上方には小さな光源が有って、

おそらくは穿たれた小窓なのだろうか、射し込んだ淡い

光がポットや果実の肌に、柔らかな光点となって浮んで

いる。仄暗い室内に置かれた、何の変哲も無い静物達。

穏やかな沈黙の中で、時が止められたかのような風景。

しかしその深閑と澄んだ時空からは、何と温かな質実の

輝きが、津々と放たれていた事だろう。同じ会場にはも

ちろんマネがあり、ルノワールがあり、セザンヌがあっ

た。即ち、より新しい手法で描かれた数々の秀作が、静

物画を更に斬新な表現へと進化させていた……筈だった

のだ。然りながら、事実は200数十年前に描かれた僅

か6号ほどの古典絵画に、確固たる軍配を上げていた。

確かに、近代から現代に到る画家達の手法は、かつてな

い新味を表現にもたらしてはいたのだけれど、しかし絵

画における「新しさ」とは、手法の新しさでもなければ

主義主張の新しさでもない事を、その静物画は沈黙の内

に体現していた。真の「新しさ」とは何か、それは、時

代や時間を超えて見る者に語りかける、その「現在性」

なのである。それは「かつて」語っていたのではない、

「今」現に目の前で語っている、このイキイキとした現

在進行形の内にこそ、絵画の新しさは宿るのだという事

を、この日私は一枚の古い……いや、永遠に新しい油絵

から教えられた。画家の名は「ジャン・シメオン・シャ

ルダン」、忘れられない出会いである。以上の体験を敷

衍すれば、美術における進化とは、幻想に過ぎない事が

分る。改めてその史実を顧みると、そこには端から「進

化」など無かった、ただ「変化」が有ったのみだ。そし

て如何なる変化にも勝るものは、声高な主張でもなけれ

ば、賢しらな思想でもない、曇りなき絵画の力である。

 

 栗原一郎展は、今回で13回目となった。2005年

の9月が初回だったから、それからちょうど14年が経

過した事になる。思えば「栗原一郎」という現代油彩の

紛れもない大家を、一地方の無名の弱小画廊で扱えると

いうのは、正に夢のような快挙だった。だから当初は、

新聞の展示会欄を見て来店されたのだろう、何十年来の

ファンとおぼしきご婦人方から、「どうして栗原さんが

お宅で?」と、怪訝な面持ちで訊ねられたものだ。つま

り、ご婦人方はこう聞きたかった訳だ──「どうして栗

原一郎ともあろう大家が、お宅のような千葉の田舎の隅

っこの無名の馬の骨のような画廊で、個展をやってるん

ですか?」と。このけなされているのか褒められている

のか、定かではない問いを受ける度に、至極もっともな

質問である、と自身深く首肯しつつ、心中で福生のアト

リエに向かい、ただ満腔の謝意を捧げるのみであった。

振り返ればこの初回展だけが、栗原さんの健康な状況下

で開かれたものだった。後の11回は全て、度重なる入

院と闘病の狭間で成されたものである。その間、重篤の

病状で断念せざるを得なかった年も幾度かあって、初め

てお会いした頃は豪放の偉丈夫であった画家が、入院の

度に一回りずつ痩せて小柄になられるようで、傍目にも

誠に痛々しく感じられたものだが、しかしそんな折でも

三越や高島屋の個展を訪ねると、一体いつ描いたのだろ

うと訝しくなるような大作が、圧倒的な気迫を漲らせて

居並ぶ光景があって、その不屈の気概に瞠目した事は一

度や二度ではない。更に驚くべきは、筆を持って立つの

さえ辛いのでは、と思われる最悪の局面にあってなお、

その筆遣いはいよいよ奔放を極め、舞うが如き自在な躍

動を見せた事である。通常はどんなに気丈に見える人で

も、体調が悪くなれば途端に気弱になるものだが、栗原

さんの場合は全くその逆で、体調が悪化するほどにその

精神は、いや増して強靭なほとばしりを見せた。先日お

伺いした折にその故を訊ねたら、画家は間髪を入れずこ

う言われた──恐怖だね。思ってもみない答えだったの

で、返す言葉も無いままに居たら、栗原さんはそれだけ

は変らない眼光で、何かを見据えるように続けられた。

「恐怖があるからなんだ。元より人生の先には、諦念し

かない。死は避けられないからね。ただ、絵を描けなく

なるのが怖いんだ。だからもうダメだという時ほど、生

きている今の内に、描けるだけ描いてしまおうと思う訳

さ」、生きて描いて描き尽くす、他に何が有るか、描く

事こそが生きる事なんだと、画家は言外にそう言われた

のだろう。この10数年、栗原さんはそのような覚悟の

下に生きて来られた、いや、それは画家を志した当初か

らの、変らない覚悟だったのだと思う。描けなくなる事

が死よりも怖いという、そんな人から、本当の絵は生ま

れるのだ。画家は絵を描いていればそれでいいのか、た

だ絵を描くだけで終りたくない、そのように語る人も居

るが、きっとその人は「絵を描く事は人生に値せず」、

自らそう言明した事に気付いていない。即ち、絵に自ら

の生を捧げて良しとする覚悟が、そこには決定的に欠如

している。絵を描いていればそれでいい、ただ絵を描く

だけで終りたい、そう言い切れる人こそ、本物の画家で

はないか。何を標榜するでもない、何を顕示するでもな

い、ただ描いて描いて、全てを絵で語り尽くす、それが

画家の覚悟というものなら、やはり栗原さんは根っから

の画家であり、且つは最も純粋な画家と言えるだろう。

 

 前頁に長々とシャルダンの話を記したのは、その絵の

在り方が、栗原さんの絵の在り方に、そのまま重なるよ

うに思えたからだ。シャルダンの、時代も手法も超えて

響き到る絵の力と、栗原さんの有無を言わせず迫り来る

絵の力が、むろん個性も作風も全く異なるとは言え、視

覚芸術の真の強さを実証している。試みに、複数の作家

が同じ壁面に並ぶグループ展に、機会があれば足を運ん

でみて頂きたい。栗原さんが出品するグループ展で、会

場を廻れば直ぐにでも気付くのは、栗原さんのコーナー

の前に立つと、そこだけが明らかに他作家とは違う空気

を醸している事だ。何と言ったら良いのだろう、そこに

は理屈を超えた「プロ」としての威風が有り、否応のな

い「本物」としての重みが有って、こう言っては申し訳

ないが、栗原さんの世界に触れた後では、周囲の画家が

みな軽く思えてしまうのである。他の作家がどう思って

いるかは知らないが、もし私が画家だったら、それも著

名な画家だったとしたら尚更、主催者に真剣に頼み込む

だろう、絶対に栗原さんの近くには飾らないでくれと。

 先日テレビを観ていたら、各地のトピックスを取り上

げるコーナーに、田舎の街道を歩く奇妙な行列が映し出

されていた。真っ白な細長い三角錐を頭からすっぽりと

被り、足だけしか見えない怪しげな人間が、7~8人連

なって道端を歩いて往く。つまり、正体不明の異様な三

角集団が、目的不明の歩行をしていて、もしや新手の宗

教結社ではないか、或いは何らかのカルト集団ではない

かと、目撃者は様々に憶測する訳だが、分ってみれば何

の事はない、或る大学の教授がどこぞのビエンナーレに

出品する作品を、学生を使って撮影していたとの由、そ

の上品な女教授がにこやかに語るには、あの白い三角形

は人間と外界のスピリチュアルな境界を、突破するため

のフォルムなのだそうな。これをパフォーマンス・アー

トと呼ぶのか、コンセプチュアル・アートと呼ぶのか、

いずれにしろ現代の美術シーンは、このようなご婦人と

お嬢様達のお遊びを「アート」と称して憚らない。豊か

な文明を享受する国の、微笑ましくも罪のないお遊戯、

それに尤もらしい屁理屈の一つでも添えれば「現代アー

ト」が出来上がり、それを題材に評論家諸氏が、更なる

屁理屈を捏ね上げるという寸法だ。もちろん、芸術に遊

びの要素は有って然るべきだが、だからと言って「遊び

=芸術」とは言えない、そんな事は本来説明するまでも

ないだろう。しかしながらそんな自明の常識は、事実疾

うに崩壊してしまっている。ちなみに一方では、よりシ

リアスな表現も有って、現代の社会状況に疑問を呈する

とか、哲学的思考を形象化するとか、様々な形態で多様

なコンセプトが表明されてはいるが、とどのつまりは、

それらも「遊戯」である事に変りはない。本当に社会を

憂慮するのなら、悠長に屁理屈を捏ね回している場合じ

ゃない、他にやるべき事が有るのではないか。所詮、遊

戯が如何に周到な理論を装ったところで、一枚のシャル

ダン・一枚の栗原一郎には及ばないだろう。古いも新し

いもない、理屈もへったくれもない、彼ら本物の強度に

晒せば、偽物の脆弱が露見するだけだ。両者の絵は無言

の内に語っている、絵に言葉は無用である事を、賢しら

な思想も余計である事を、そして描く事に自らを切実に

懸けた者にだけ、あの絵画の力が宿るのだという事を。

 

 俺は芸術家先生なんかじゃない、絵描きなんだ──こ

の栗原さんの言葉が、どれだけの覚悟から発せられたも

のか。上述の如き大学のインテリ作家連、或いは諸会派

に君臨する団体作家連、いずれの場所にも栗原さんは与

しない、彼らは芸術家先生だからだ。あくまでも一介の

絵描き=誇り高き画家として、今日も福生の地で独り絵

筆を握り続ける、私はこの「画家中の画家」が好きだ。

 

                     (19.08.18)