廃屋のある (2014)      油彩 / 8M
廃屋のある (2014)      油彩 / 8M

画廊通信 Vol.200               北の魂

 

 

 世の中には、周囲の状況が如何に急激な変化を見せようとも、それをメディア等が如何に魅力的に煽り立てようとも、そんな浮ついた時流には全く目もくれない、極めて強固な「芯」と言おうか、断じて揺るがない「軸」を持つ人が、稀にではあるが存在するものだ。斯様な精

神は、概ね外柔内剛の佇まいを見せるので、声高に自ら

を世に標榜するよりは、むしろ人の群れ集う巷間を避け

て、静かな日々を質実に生きる。その日、初めてお会い

した森幸夫と云う画家は、正にそのような人であった。

 

「森さんの事を気にしてらしたので、今年のカタログを

お送り致します」との添え書きと共に、数部の図録冊子

が画廊に届いたのが、一昨年初冬の事である。差出人を

見ると、前月に来店された或るお客様からだった。ここ

では仮にTさんと呼ばせて頂くが、件の折にいつか森さ

んの話題になり、既に作品も所有されているとの由、京

橋における今秋の新作展も、先日見て来たばかりとのお

話である。顧みれば「森幸夫」と云う名前は、かれこれ

十数年来も脳裏に刻まれたままで、機会あらば面識を得

たいものだと、事ある毎に思ってはいたのだが、この時

も例によって山積する業務にかまけて、個展は見ず仕舞

いになっていたのだ。そんな事情をご配慮されてか、後

日Tさんは貴重な展示会図録を、わざわざ私宛に送付し

てくれたのだったが、実はこの時の小冊子が、森さんへ

の橋渡しをしてくれる運びとなった。その中に、図らず

も作家の連絡先が記載されていたからである。そんな訳

でTさんのご親切が無ければ、森さんとお会いする事も

叶わなかった。この場を借りて深く御礼申し上げたい。

 さて、熊谷のアトリエに初めて伺わせて頂いたのは、

昨年2月の事である。厳寒の折もあり、名にし負う空っ

風の地はさすがに寒い。ご自宅に併設された木造のアト

リエは、飾り気のない質素な佇まいながら、吹き抜けの

空間がゆったりとした趣を醸している。憧れの画家は、

物静かで穏やかな方であった。ただ、こと創作に関して

はやはり一徹した信条が感じられて、自らの信ずる道だ

けを黙々と歩んで来た人の、直向きな真誠の来し方がう

かがえる。以下略載ではあるが、森さんご自身の弁を。

 

「3歳の時にポリオを患い、以降左手に障害が残った。

50を過ぎて他の疾病も重なり、近年は右手にも痺れが

出る。そんな経緯から無理が利かないので、どうしても

寡作になってしまう。現在テーマとする津軽の風景は、

描き始めて14~5年になるだろうか。津軽半島の日本

海側、十三湖を臨む寒村を、秋から冬にかけて毎年のよ

うに訪れているが、海沿いに荒涼と砂丘の広がる、とて

も寂しい所だ。酷寒の地ゆえ降雪も多いが、いつも強い

風が吹いているため積もらない。近辺で見られる『カッ

チョ』と呼ばれる木柵は、そんな厳しい風雪を防ぐため

のもの。最近はそれも朽ち果て、廃屋が目立つけれど」

 

 そんなお話の後に、画家は心なしか相好を崩し「もち

ろん津軽は取材のために行くんですが、弘前辺りの居酒

屋で、津軽三味線を聴くのも大好きです」、そう言って

破顔された。「お酒は飲まれるんですね」「まあ、普段

も飲んでます、少量ですが」、そこへちょうど奥様がお

茶を手に見えられて「あれを少量と言うのかしら」、な

かなかに手厳しい。暫しの語らいを挟んで奥様の去られ

てのち、画家のしみじみとおっしゃるには「こんな体で

すから、妻と二人三脚でやって来ました。二人で一人の

ようなものです」、なるほどそれでお二人の会話の端々

から、お互いに寄せる信頼が滲み出るのだなと思った。

 その日、アトリエの奥から出して来られた数点の油彩

は、いずれも落莫たる荒野を舞台とした作品で、人家は

在っても茫々とうねる砂丘の狭間に、僅かにその形状を

留めるに過ぎない。しかし、何処までも蕭条と広がる原

野の中で、それは服するでもない、抗うでもない、その

地を生きる名も無き人々の営みを、ただ黙々と質実に宿

しつつ、強靭な叢草の如くに根を張っている。そこに等

しく描かれていたものは、まずは厳しい北国の風景であ

った。然りながらそれは、現地のスケッチをカンヴァス

の上で、極限まで削ぎ落としてゆく長い作業の途上で、

いつしか具体的に特定された地名を離れて、おそらくは

画家の心奥に広がるであろう、或る普遍の地へと抽象化

される。よってその地道な制作の果ての画面には、確か

に「津軽」と云う風土に深く根ざしたものでは有りなが

ら、同時に現実の地を遥かに広く敷衍した、純粋な「北

の魂」を湛える地が現出する。幾重にも重ねられた奥深

い色彩、長い星霜の堆積したかのようなマチエール、そ

こには小手先の技巧による美麗とは対極の、自己との真

摯な対話だけが到達し得る、あの真実の世界が在った。

 展示会の開催をご了承頂き、それに伴う打合せを終え

た帰り際に、森さんは「どれか一点、持って行かれては

どうですか。来年まで傍に置いて、見ておいて下さい」

と言われた。お言葉に甘えて預かって来たのが、寂れた

廃屋を描いた横長の作品である。M8号、細長い画面の

凡そ下半分は荒れ果てた大地、上半分は得も言われぬ青

緑色の空、その間に家屋と思しきフォルムが、暗いシル

エットのように横たわり、それらをあまねく透明な大気

が覆っている、何処かしら淡い微光を放つかのように。

それから今に到るまで、私はその絵を傍に置いて、時折

箱から出しては眺め暮した。この一年、世は殺伐とした

様相を見せたけれど、見る度に誠実な魂が、絵の中から

信ずるに足る何ものかを、齎してくれるように思えた。

 

「風景」をテーマとする画家は数多い。だが、おそらく

はそれを究めようとする程に、作家は「風景画」と云う

ある種聞き慣れた言葉から、困難な問いを突き付けられ

る事になる。それは、たとえ当人がそのような設問を持

たずとも、或いは巧みな美辞を弄する作家が居たとして

も、描かれた絵が自ずからその答えを語ってしまうと云

う、ごまかしの利かないものだ。即ち「貴方はその風景

に、何を見たのか」、この本質的な問いを自らに向けな

くなった時、風景画は芸術と云う領域を外れて、単なる

観光絵画へと零落するのだろう。私達見る者は、目に映

る現実の風景を見たいのではない、そんなものは写真を

見れば事足りる。ならば何を見たいのか。「画家の見た

風景」を見たいのだ。私達の眼には決して映る事のなか

った風景、画家独自の眼だけが映し得た風景、そんな未

知との胸躍る邂逅こそ、風景画を見る意義であり醍醐味

ではないか。だから優れた風景画には、私達には遂に見

えなかったであろう何かが、確かな存在として描き出さ

れている。それはそのまま、画家がその風景に「何を見

たのか」と云う問いへの、偽りなき答えとなるだろう。

 芸術の本質は、見えるものをそのまま再現する事では

ない、見えるようにする事である──言わずと知れたク

レーの名言だが、この十数年でこの言葉は疾うに忘れ去

られ、今や死語になりつつある。見えるものだけが克明

に描き出され、のみならず、それを見る主体は人の眼に

非ず、テクノロジーによる人造の眼なのだ。それが人の

眼以上に細密な画像を映し出し、画家は技巧の限りを尽

くして、それをカンヴァス上に複写する、ここに「画家

の見た風景」は在るだろうか。と云うよりは「そこに何

を見たか」と云う設問さえ、ここでは無意味だろう。た

だ空虚な風景が在る、そこに画家は何も見てはいない。

 

 森さんの描く風景は、そのような美術界の潮流に、真

っ向から抗うものと言える。ただ、抵抗は如何なるパフ

ォーマンスにも与らない。それは飽くまでも密やかに、

穏やかな沈黙を纏い、絵具と絵筆だけで成される。所詮

絵画と云う表現において、沈黙ほど強いスタンスはない

だろう。それは即ち、絵具と絵筆以外の武器を一切持た

ないと云う、徹底した信条の表明であるからだ。味わい

深い絵の形容に、よく「精神性」と云う言葉が用いられ

る、この絵には深い精神性が感じられる──と云う具合

に。しかし考えてみれば、画家は自らの精神をそのまま

画布に塗り付ける事は出来ない。如何なる想いであれ、

それは絵具による「造形言語」に翻訳されなければなら

ない。よって、そこにどんなに深い精神が感じられよう

とも、それは徹して絵具の重なりと連なりでしかない。

然りながら私達見る者は、そこに或る真誠の心を確かに

感じ取る。何故なら、そこでは画家が造形への翻訳を、

十全に成し得ているからだ。そして言うまでもない事だ

が、この時画家の用いる道具=武器は、絵具と絵筆のみ

である。この美術では玉条であった筈の翻訳と、現在ど

れほどの画家が真摯に向き合っているだろうか。ある者

は絵画に寓意を交え、ある者は何らかのメッセージを施

し、ある者は制作よりは自己宣伝に策略を巡らす。そん

な時勢において、森さんのスタンスは極めて稀有なもの

と言える。美術界がどのように変転しようと、やはり森

さんは迷いなく語るだろう、絵具と絵筆以外の武器は持

たないと。後はただ沈黙が有るのみ、そして絵だけが残

される。森幸夫と云う画家は、そのような画家である。

 さて、津軽と云う北の地に、あまつさえ辺境の寂れた

寒村に、森さんは一体何を見出したのだろうか。正にそ

の答えともなるような一文が有ったので、ここに抜粋し

たい。以下はJ=P・サルトル「文学とは何か」から。

 

 描かれた対象は作品の限界ではない。物が世界を背景

として知覚されるように、絵画に表現された対象も世界

を背景として現れる。画家は畑を描いているとしても、

その画面は全世界に向かって開かれた窓である。麦の間

を通るこの赤茶けた道を、我々はヴァン・ゴッホが描い

たよりもっと遠くまで、その先の麦畑の彼方まで、その

先の雲の下まで、その先の川の注ぐ海までも追って行く

だろう。我々は、畑とそれを支える奥深い大地を、世界

の他方の果てまでも、果てしなく引き延ばすのである。

 

 前述した「見えないものを見えるようにする」と云う

クレーの言葉が、ここでは見事に具体化されている。上

文のひそみに倣えば、森さんの描く荒涼とした風景も、

更に遥かな世界を孕む。何処までもうねる砂丘の狭間に

今しも飲み込まれようとする民家には、風雪に晒された

カッチョが巡らされ、その中で黙々と暮らしゆく人々は

破れざる永劫の歳月を重ねる。侘しい村落の先には荒れ

果てた原野が広がり、それは再び吹雪の荒ぶ砂丘へと続

き、その先には濤声の轟く荒海が横たわるだろう。人智

を絶する大自然と、それでも日々を営む蒼氓と、ここに

はやはり対象を果てしなく引き延ばした、正に画家の眼

が見出した風景が在る。言うなれば、森さんはこの地に

「世界」を見たのだ。大地の奥深い鼓動と、有りと有る

人倫の営為が、分かち難く融け合う世界を。そして言い

難き「北の魂」が、世界を満たすだろう悠久の刹那を。

 

「砂丘に佇んでいると、不思議な気持ちになります。荒

れ果てているだけではない何か、言葉にならないエネル

ギーを感じるんです。それを絵にしたい。たまに地元の

人が来て『こんな、なあんにもねえとこで、何描いてん

の』、仕方がないから『空気を描いてるんです』。何し

ろ、吹雪になると辺り一面が霞んでしまう、その中で描

いてますから。目の前は真っ白、何も見えないんです」

 

                     (20.02.25)