ブーケ (部分)         油彩 / 4F
ブーケ (部分)         油彩 / 4F

画廊通信 Vol.274          絵画という事件

 

 

 画廊における個展とは、劇場における興行に等しい。画廊そのものは空虚な箱に過ぎないが、そこに優れた美術作品が並ぶ事によって、そこは或る期間、目眩く魅惑の劇場となる。しかも個展とは即ち新作展の事であるから、その画家の最も新しい現在進行形の表現を、来店者はリアルタイムで目撃する事になる、これは死んだ巨匠の回顧展を主とする美術館の展示では、とても味わえな

いスリルを齎してくれる体験だ。どちらかと言えば美

館は、既に一定の評価を得た作家の業績を、残された作

品によって回顧する活動を主とするが、画廊は今この時

代を生きて活躍する現役作家を世に問い、その価値を創

り出す機能を担う。そんな画廊の仕事について、私は通

算200回目の企画に際して、こう記した事があった。

 

 所詮、画廊は小さな箱に過ぎない。世には広大なスペ 

 ースを誇るギャラリーもあろうが、その多くは当店に

 毛の生えた程度だ。しかし、芸術の現場は「此処」に

 在る。作家が見せる現在進行形のドラマは、正に此処

 で起きている、この一点だけ、力なき画廊の矜持であ

 る。それは、高額落札で話題になる有名オークション

 会場に有るのでもなく、脚色された物語を作りたがる

 美術番組に有るのでもなく、それを鵜呑みにした衆人

 の押し寄せる大規模な美術館に有るのでもなく、観念

 的論考を編み出す学者や批評家の書斎に有るのでもな

 い。事件は「画廊」で起きている、この小さな空間こ

 そが、紛う方なき美術の現場なのである。送り手と受

 け手の織り成す最先端の場、その現場に身を置いて、

 今もこうしてささやかな橋を渡し続けられる事、この

 職業に就く者として、思うにこれ以上の冥利はない。

 

 記録によると上述の企画から85回の個展を経て、今

回が通算286回目の企画となる訳だが、画廊に寄せる

私の思いは、今現在も全く変わっていない。と言うより

も、いよいよ私は学者や評論家といった肩書きを信じな

くなりつつある。以前ある作家に「山口さんの文章を個

展に使いたいんだけど、肩書きが無いからなあ」と言わ

れた事があった。つまり◯◯大学教授・◯◯美術館長と

いった肩書きが有れば、私の言説にも箔が付くのに……

と言いたかったのだと思うが、一般的な見地ではその通

りで、私には如何なる反論も出来ない、おっしゃる通り

私には権威ある肩書きなんてありません。しかし一方で

一般的な見地なんてどうでもいいと思っている私の、そ

の一般的でない角度から見れば、画廊という職業が学者

や評論家より下とはどうしても思えないのです。彼らと

同等、画廊もまた立派な肩書きであり、誇るべき箔であ

る。だいたいが、絵を研究対象としてしか見ない人達と

この私を一緒にしないで欲しい、この際だから言っちゃ

いますが、一枚の絵に身銭を切った事のない人が何を言

っても、私には信じられないのです。それは譬えれば、

車を買った事のない人が車を語るようなものであり、恋

愛をした事のない人が(そんな人が居るとして)恋愛を

語るようなものじゃありませんか。私達画廊にとって、

絵は研究対象なんてご大層なもんじゃない、もっと切実

な恋愛対象とでも言うべきものだ。先生方は鼻で笑うで

しょうが、絵には「好き」じゃないと見えて来ないもの

が有るんだ、恋愛だってそうでしょ? 好きになったか

らこそ沢山のものが見えて来る、私達画廊という職業に

就く者は、そして身銭を切って一枚の絵を評価してくれ

るお客様方は、正にそれを見て来たのです。それはどん

なに文献をひっくり返して、どんなに理屈を組み立てて

みたところで、決して見えては来ないものなのです……

失礼、つい釈迦に説法をしてしまったけれど、これもま

た力なき画廊の強がりと解して頂き、先生方にも寛大な

るご容赦を願えればと思う。気が付いてみれば当店も、

いつの間に今秋で23周年を迎え、24年目に突入する

経緯となった。素晴らしき作家達と人生を懸けて絵を愛

されて来た皆様方に、改めて心からの謝意を捧げたい。

 

 振り返ってみると、当店が初めて藤崎孝敏展を開催さ

せて頂いたのは、2015年の事である。という事は、

今年で早くも10周年となる訳だが、それに伴ってこの

画廊通信も、10回分を書き連ねて来た事になる。我な

がらよくもそれだけの分量を、毎度毎度七転八倒しなが

ら積み重ねて来たものだと、何やら感嘆の思いさえ湧い

て来るのだが、そんな訳で藤崎さんの芸術に関しては、

今まで手を替え品を替え散々書き散らかして来たので、

今回は初心に戻って、藤崎さんとの出会いを再記してお

きたいと思う。以下は2015年の初回展に際して記し

た、画廊通信からの抜粋である。暫しのお付き合いを。

 

 初めて藤崎さんとお会いしたのは、昨年1月末の事で

 ある。折しも個展を開催中であった中野のギャラリー

 で落ち合う事になり、私は早めに会場に赴いて作品を

 拝見させて頂いた。男が居て女が居て、動物があり花

 があり、風景があり静物があり、全ては実存する自ら

 の重みにギシギシと歪むかのようだ。軽いものなど一

 つも無い。暫し会場を廻る内に、真っ向から対象と真

 率に対峙すれば、確かにこの世の有りと有るものは、

 それぞれに掛けがえのない重さを担っているのだとい

 う事を、ひしひしと納得させられる。そしてそれがど

 んなに愛おしい重さであれ、いずれは悉く消え往くの

 だという本源的な憂愁が、どの絵にも濃厚に湛えられ

 ている、まるで画面の端々から溢れ出すかのように。

 おそらくここに在るものは、通常の「美しさ」とは

 大きく隔たるものだろう、しかしこの世に「在る」と

 いう現象をそれだけで美しく思える人ならば、美醜を

 超えた存在への限りない愛惜を、このように描き出す

 のかも知れない。「藤崎です、初めまして」、程なく

 ふらっと見えられた画家は、少し照れたような微笑み

 と共に、黒いコートのポケットから手を差し出した。

 一時間ほどギャラリーで歓談した後、最寄りの駅まで

 一緒に帰ろうという事になり、外に出るといつの間に

 冷たい雨が降り出していて、にわかに一月の寒さが身

 に沁みるような夕暮れである。傘を差し肩を並べて歩

 いていると、ふと藤崎さんが「もう少し話しましょう

 か」と言われた。「そうしましょう」「酒が飲める所

 がいいな」「在るといいのですが……」という訳で、

 しばらく駅前の商店街を物色したのだが、どうもこれ

 といった店が無い。仕方なく喫煙席のあるファミリー

 レストランに入って、藤崎さんはビール、私はハイボ

 ール、正直申し上げて、初めてお会いした作家と、お

 会いした当日に酒を交すというのは、私としても初め

 ての経験である。藤崎さんはテーブルに着くと、小さ

 な袋から煙草の葉を少量取り出し、巻紙でクルクルと

 器用に包んでシガレットを作り、フーッと紫煙を燻ら

 せてから「一つよろしく」、カチンとグラスを打ち合

 わせた後「日本に帰ると毎日酒浸りでね、いい加減飽

 きました」、そう言って笑った。席は2階の窓際で、

 早くも夕闇迫る雨の雑踏を見下ろしながら、パリの回

 想等々をお聞きしたひと時、私は忘れない。モンマル

 トルに居た頃? そうだなあ、実はムーラン・ルージ

 ュの楽屋はフリーパスだった、あそこの女と懇意にし

 てた事があってね。そう、ロートレックも入り浸って

 たあのキャバレーさ。金は無かったけど、面白い時代

 だった。いや、結婚は苦手なんだ、一つ所に落ち着け

 ないものだから……、画家はやはり無頼派であった。

 

 この時から、いつの間に10年を超える歳月が流れ、

その間藤崎さんの描かれる作品も、人物をメインとした

当初の劇的にして強烈な表現から、風景や静物をモチー

フとしたより深いアウラを感じさせる作風へと、徐々に

推移して行った。これは多くの友人や知己が集っていた

パリの陋巷を離れて、北方はブルターニュの辺境へと移

り住んだ事による、必然の成り行きであったのかも知れ

ないが、一つには作家自身の視線が、人間という存在の

不思議から、存在そのものの不思議へと、いつしか深化

した故なのかも知れない。以前にも書いた事だが、藤崎

さんの絵の前に立つと、或る名状のし難い独特の感覚に

襲われる。対象を自分なりに描いた、というだけには留

まらない、より濃密な量感を全面に湛えた、何処か切迫

した情動を孕むが如き有り様が、どの絵にも共通して感

じられるのである。これは「美しい」とか「魅力的だ」

といった次元よりは、もっと深層の領域から来るものだ

ろうから、その要因を言葉にするのは必然的な困難を伴

う。重厚な色彩、迫真の描写、躍動する筆致、大胆な構

図等々、分析すれば幾つものファクターは挙げられるだ

ろうが、真のファクターはそれらの奥底を貫くものであ

り、それは上述の如く「名状のし難い」ものと言う他な

い。それでも、無理を承知で敢えて名状すれば、それは

「実在感」とでも言えば良いのだろうか、否応も無くそ

こにそれが「在る」という感覚、或る確かな存在が目前

に紛れも無く「居る」という感覚、これこそが私達見る

者にとっての、凡百の画家と藤崎孝敏という画家を隔て

る、最も大きな要因になっているのだと思う。そんな独

特の絵画空間に身を置いていると、決して見える事はな

いのだけれど、何かしら尽きる事なく放射される、或る

深甚の微光に気が付く。香気とも、或いは霊気とも言え

るだろうか、それをもしや「アウラ」と呼ぶのなら、藤

崎孝敏という画家の真髄は、正しくこのアウラにある。

それはこの10年、作風がどう推移してモチーフがどう

変化しようとも、全く揺るぐ事のない特異なオリジナリ

ティーとして、作家の根幹を強靱に貫いて来たものだ。

 

 実は私、藤崎さんの「魚」という作品を持っている。

2019年制作のP6号、粗末な台上にでんと投げ出さ

れた、死せる一尾の魚軀である。重たげな腹をどっかと

晒し、図体を鈍重に捩らせて、ぽっかりと大口を開けた

まま、曇った眼を虚ろに見開いている、それだけの絵だ

が、見る程に「美とは何か」「表現とは何か」延いては

「絵とは何か」といった根源的な問いを、真っ向からこ

ちらに突き付けて来る。この絵だけで画廊通信一回分を

埋める自信は有るが、どうせ下手な美学論文じみたもの

になってしまい、そんなものは誰も読んでくれないだろ

うから書かないでいる。それよりも私は、チャラチャラ

した小綺麗なイラストを描いて得意気の若手作家に、こ

の絵を見せて言いたい、これが「絵」なんだよと。それ

から先述の学者や評論家諸氏にも、この絵をお見せして

申し上げたい、もし「何としてもこの絵が欲しい、売っ

てくれないか」という方がいらっしゃれば、その人は本

物だと。今までに何度か、お客様に見せて自慢しようと

思ったのだが、実は奥の事務所兼倉庫の狭っ苦しい部屋

の隅、空箱等々をパズルの如く複雑に積み上げた、その

一番下に絵を仕舞ってあるものだから、引き抜いたが最

後、全てがガラガラと崩壊するので、私自身出せないま

ま3~4年お目にかかっていない、困ったものだ。近年

この絵が私には、埋もれた不発弾のように思えて来た。

この画廊は爆弾を抱えている、今はこうして眠っている

が、いずれそれは、密やかに音もなく爆発するだろう。

思うにこれは、最早秘匿された事件に等しい。そう、正

に今この時も、事件は「画廊」で起きているのである。

 

                     (25.11.02)