赤い道化師の憂愁    混合技法 / SM
赤い道化師の憂愁    混合技法 / SM

画廊通信 Vol.275             沈黙の言葉

 

 

 舟山さんの個展も、今期で20回目となる。10年前

の第10回展の折りに、それまでの企画を振り返らせて

頂いたので、せっかくだからそれに倣って、続く11回

展以降の展示会を、この場でザッと振り返ってみたい。

 

第11回 - 2016年 「アドリアに雪花の舞う頃」

第12回 - 2017年 「道化師の朝の歌」

第13回 - 2018年 「La vie du poète ─ 詩人の生涯」

第14回 - 2019年 「月に目覚める者へ」

第15回 - 2020年 「Singin’ in the Rain─ 雨に唄えば」

第16回 - 2021年 「聖夜のメリーゴーラウンド」

第17回 - 2022年 「天幕の下のマ・メール・ロワ」

第18回 - 2023年 「月夜のモノローグ」

第19回 - 2024年 「星なき夜の帳に」

第20回 - 2025年 「星月夜の子供たち」

 

 今こうして列記して改めて驚くのは、画家はこの10

回に亘るそれぞれの企画に、全て異なるアプローチで挑

戦されて来た事である。その逐一を書き出す事は、スペ

ースも限られているゆえ控えるが、例えば12回展は全

点を人物像のみで統一し、色彩的にも今までの夜のイメ

ージを離れて、淡い緑を基調とする爽やかな表現を試行

されていた。反対に15回展の際は、最要のモチーフで

あった人物画を一点も交えず、全点風景画というかつて

ない試みに挑まれた。しかもその対象を「雨の情景」の

みに特化され、薄い和紙をレイヤーのように重ねるとい

う新たな手法を用いて、陰影に富んだ見事な雨のヴァリ

エーションを創り出した。続く16回展は大方の予想に

反し、まるで自らの原点に回帰されたかのような、全点

「サーカス」のラインアップである。綱渡りの少年、若

い踊り娘、道化師、手品師、動物達、彼ら魅惑の俳優達

によって描き出された天幕の下の世界、そこに画家はあ

たかも人生の縮図を見るかの如く、喜怒哀楽から愛憎に

到るまで、世の有りと有る哀歓を描き出した。翌々年の

18回展は、ここ10年の中で最も強烈な印象を齎すも

のであったかと思う。全点ダークに落とされた色調の下

で、或る者は強く深い鬱屈を、噛み締めるように顔容の

奥に潜め、或る者は様々に去来するであろう想いを、奇

妙に歪む仮面の中に閉ざし、また或る者からは拭えども

消えない懊悩が、背後の暗澹と澱む闇へ溶け出す、それ

は不穏な沈黙の闇から、危うい魅惑が津々と滲み出すか

のような、極めてインパクトの強いもので、私はそこに

人物表現の或る極点を見る思いがした。続く昨年の19

回展は、一転してギリギリまで色彩を排した、大胆なモ

ノクロームの試みである。とは言いながら、それが視覚

的な幻影なのか、心理的な錯覚なのかは知らないが、見

る者は何故かしらそこに、豊潤な色彩の確かな潜在を感

じ取る、それはモノクロームの可能性を徹底して究めた

が故の、見事なマジックとも言えた。そして、今年の記

念すべき20回展は、勢いのあるドローイング的な描線

を用いて、より自由なタッチを追求した表現である。送

られて来た新作の箱に「今年の絵は、瞬間瞬間の子供の

表情を描いてみました。お客様には受け入れられないか

も知れませんが、これも僕の一つの絵と思って下さい」

というお手紙が同梱されていたが、作家の謙遜と危惧は

さて措くとして、自在な描線によって表現された多様な

感情表現の妙味に、この際は請うご期待といった所だ。

 という訳で、ここ10年に亘る舟山一男展の足跡を、

かいつまんで振り返ってみたが、上述した10回展に当

たっての手記を、この際だから今一度、ここに抜粋させ

て頂ければと思う。以下は、10年前の画廊通信から。

 

 本来は記念すべき10回展なのだから、たまには本格

的に「舟山一男論」でもぶち上げれば良いのだろうが、

「○○論」というような大層な論文はどうも舟山さんに

は似合わないし、ご本人も嫌がるだろうから已める事に

した。むろん、論考を構築するだけの頭脳を持ち合せて

いないというのも一つの真相ではあるのだが、決して弁

解をする訳ではなく、その作品自体が論考を拒否するの

である。と言うよりは、舟山さんの絵を前にした時に、

机上のロジックはどうにも虚しいと言うべきか、舟山さ

んの描き出す独特の世界は、延いては舟山さんの持つオ

リジナリティーは、一見ロマンティシズムに溢れる繊細

な外貌の陰に、そんな「言葉」を無効にする強靭な力を

隠し持っている。そして、実はそれこそが舟山一男とい

う画家の、根幹を成す特性である事に思い当った時、そ

こで考察の言葉は途切れ、舟山一男論は終るのである。

 ちなみに10回も個展を開催して来たのだから、どん

なに頭が優れないにしたって、特徴の幾つか位は直ぐに

でも挙げられるのだ。せっかくだからこの際に記してお

くと、まずは一貫して制作の中心を成す「サーカス」と

いうテーマ、殊に幾多の表情を見せる特異な人物表現、

中でもその「顔」を通して描かれる有りと有る情感、更

に突き詰めて言うのなら、特に「哀感」を様々に描き分

ける無限のヴァリエーション、思うにこれほど「顔」を

偏愛し「顔」を希求し、多少大仰な言い方が許されるの

なら「顔」に人間という精神的存在の全てを描き込んで

来た画家は、東西にも類を見ないのではないだろうか。

他にも無駄な大作を描かない事、むしろ通常「小品」と

呼ばれるサイズこそが制作のメインである事、そこに豊

かな趣を醸す独特のマチエールで、あのサーカス小屋の

人間模様が密やかに描かれた時、その小品は正に大作に

匹敵する存在感を、音もなく放ち始めるだろう事……。

こうして特徴を挙げているとまだまだ語れそうだが、た

とえどんなに言葉を尽してみた所で、所詮言葉は脳中の

「観念」であり、絵画は目前の「事実」である。まして

その印象が強ければ、それは「事件」とさえ言える。真

に力ある芸術は、それが美術であれ音楽であれ文学であ

れ、有無を言わせぬ事件性を孕む。その前で言葉による

ロジックは、徹底して無力である。思えば私にとって舟

山作品との出会いは、正に「事件」そのものであった。

 京橋のギャラリー椿と言えば、界隈でも有数の面積を

誇る画廊だが、私が初めて舟山一男展に伺った当時は、

地下1階で営業する通常規模の画廊だった。ただ、今ほ

どの広さと明るさは無い代りに、地下ならではの独特の

雰囲気があって、階段を降りてドアを開けたその刹那、

忽然として私は舟山さんの別世界に立っていた。薄暗い

空間にひっそりと並んだその作品群を見た時の衝撃は、

今でも忘れられない。概ねは0号から10号以下の小品

で、やはりサーカスを題材とした人物像がメインだった

が、沈黙の中でその物言わぬ男女達は、何と多くの想い

を雄弁に放射していた事か。仄暗い窓の中で演じられる

果てのないパントマイムは、時に戦慄的ですらあった。

 出来るなら私もいつの日か、誰知らぬ地下の画廊で、

舟山さんの個展を開いてみたい。扉を開けるとそこには

静謐の闇が満ちて、距離を置いて並んだ小さな額絵だけ

が、壁に落ちるスポット光に淡く浮び上がる。憂えるア

ルルカンがいる、物想う踊り娘がいる、綱渡りの少年が

いて、幕間に憩う少女がいる、そして天幕の下に渦巻く

有りと有る哀歓が、止められた時の中に佇む。きっと絵

の前に立つ人は、いつかその小さな窓の奥へと分け入っ

て、異郷のサーカス小屋で絵筆を握る、澄んだ眼の詩人

に出会うだろう。やがて彼の声なき朗唱が、密やかに聞

えて来たとしたら、それが私の「舟山一男論」である。

 

 以上、やたらと長い抜粋にお付き合い頂き、申し訳な

い限りだけれど、あれからいつしか10年の歳月を経て

今、当時は書けなかった新たなる論考を見出し得たかと

問われれば、それは甚だ心許ない現状だ。ただ、舟山一

男という画家と長く付き合わせて頂く中で、いよいよ確

信を深めた或る法則に関してなら、多少は語る事が出来

るかも知れない。試みに申し上げれば、それは今までも

似たような事を何度も記した、至ってシンプルな原理で

ある。即ち「絵の語る言葉は、画家の語る言葉に反比例

する」、これだけの至極当然とも言える法則なのだが、

これが現代の美術シーンにおいて、全く忘却されている

という事実は、誠に嘆かわしいとしか言いようがない。

これは教育の現場においても同様で、忘却どころか正反

対の指導が為されている現状を耳にする時、私はいつも

軽い驚きを禁じ得ない。美術大学の卒業生によれば、現

在は自分の作品を自らプレゼンテーションする事を、か

なりの重要度で求められるそうだ。つまり、どのような

コンセプトの下に作品を制作したのか、それは何を土壌

として構想したものか、その具現化に当たってどんな手

法を用いたか等々、それを的確に明示せよという訳だ。

確かにそれは、手っ取り早く作品を「知る」には有効か

も知れないが、所詮芸術とは感性の表現であって、なら

ば「感じる」事こそが最要である事を思う時、プレゼン

テーションというような知的作業は、あくまでも二義的

な行為に過ぎない。いわゆる「プレゼン」というビジネ

ス用語を美術教育にも導入し、それで指導陣は時代を先

駆けるイノヴェーションを成した気になっているのかも

知れないが、あたかもスマートな企業人が新製品を発表

するが如くに、作品を自ら弁舌爽やかにプロモートする

というのは、果たして如何なものか。もしや、この生き

馬の目を抜くような新自由主義時代においては、芸術家

も一端の起業家であり商売人である事を、学術の府もま

た率先して、叩き込まねばならなくなったのだろうか。

 

 アナタノ小説、友人ヨリ雑誌借リテ読ミマシタガ、ア

 レハ、ツマリ、一言モッテ覆エバ、ドンナコトニナル

 カ、ト詰問サレルコト再三、ソノタビゴトニ悲シク、

 一言デ言エルコトナラ、一言デ言イマス、アレハアレ

 ダケノモノデ、ホカニ言イ様ゴザイマセヌ、以後、ボ

 クノ文章読マナイデ下サイ。──「走ラヌ名馬」より

 

 これは太宰治の随筆からの抜粋だが、たぶん戦前に書

かれたものでありながら、内容は全く古びていない。特

有の諧謔味溢れる文体で書かれているが、その意味する

所は正鵠を射るものだ。ここにおける太宰の宣言は、即

ち説明の拒否である。「ホカニ言イ様ゴザイマセヌ」と

いう言い方は、小説家は小説を書くだけが仕事、よって

一切の注釈は要らない──という、明確な意志の表明に

他ならない。何もこれは小説に限るものではなく、美術

であれ音楽であれ全ての芸術分野に共通する、本質的な

原理と言えるだろう。作品の制作、そのための探究、言

うまでもなくそれが一義だ、プレゼンを否定する訳では

ないが、その前に希求すべきものが有るのではないか。

 舟山一男という画家の来し方を顧みる時、何よりも徹

底しているのはその沈黙と不在である。語らないばかり

か姿さえ見せない──というのが、画廊街では常識にな

っていた位で、忘れもしない5年前「毎週伺います」と

言われた時には、心底驚いたものだ。作家が語らなけれ

ば語らないほど、作品は雄弁に語り始める、即ち「絵の

語る言葉は、画家の語る言葉に反比例する」、この法則

を舟山さんほど徹して貫いて来た画家は稀だろう。絵に

は絵にしか語れない言葉がある、優れた画家ほどそれを

熟知して、故に自らは言葉を控えるものだ。何よりも絵

が全てを語る、その雄弁なる沈黙の言葉に、見る人はこ

の20回展においても、きっと触れる事が出来る筈だ。

 

                    (25.12.03)