
画廊通信 Vol.277 モダニスト宣言
「MODERN」という言葉を改めて考えてみたいのだが、手っ取り早く辞書を引いてみると、このように出ている──現代的であるさま、近代的であるさま。これではあまりに簡略に過ぎるので、ならば「現代的・近代的とは何か」を問う事になるが、現代と近代の違いまで論じていると事が煩雑になるゆえ、ここでは「現代的」という言葉のみに絞りたい。ついでだからこれも辞書に当たってみると、まず「現代」はこう出ている──現在の時代、その人が生きている今の世。これに「的」を付ければ、つまりは「今の時代に相応しいさま、当世風、今風」という語義になる。その実際を思い浮かべる時、それは何よりも私達の生活圏を成す身近な商業分野に、最も顕著に具現化されているだろう。即ち、それは商品のデザインに、それを売り出す広告に、或いはそれを普及
させる流通機構に、それこそ有りと有る場面にこれでも
かと頻出し、のみならずその更新は常時止む事がない。
この資本主義特有の絶え間ない「現代」の更新に、私達
消費者は良いように踊らされ翻弄されて、おかげで目紛
しく発売される新商品とやらを、しこたま買い込まされ
る羽目になる訳だが、ここで重要な特徴を一点挙げると
すれば、そんな病的と言っても過言ではない程の過剰な
「今」の洪水は、目前の「今」を過ぎれば跡形もなく、
誠に呆気なく消えてしまうという事だ。つまり売り手も
買い手も双方が、その時その時の目新しさのみを追い続
けるがゆえに、目前の今が新たな今と入れ替わると同時
に、先日の目新しさは忽ちにして色褪せてしまう、よっ
て更なる目新しさが次々と求められる事になる、その際
限のない繰り返しこそが、消費社会を活性させる本質的
な動力となっているのだろう。この辺りで、本題の「美
術」へと話を進めれば、そんな商業構造と密接に結び付
いた活動を為すものとして、いわゆる「イラスト」とい
う分野がある。上手く時に乗ずれば、画家なぞは及びも
つかない知名度を誇る作家が出現する世界だが、この一
見華やかな活躍を見せるイラストレーターの作品が、例
えば数十年を経て美術館の展示や画集の刊行等で、コマ
ーシャリズムを離れた純粋な美術表現として検証される
時、幾星霜を超えてなお「現代的」と言えるものは極め
て少ない。御多分に洩れず、今日の目新しさのみが希求
される商業美術も、今日が昨日になった瞬間から急速に
色褪せる、そして昨日にならない今日は無いのだから、
必然的にその効力は「今」だけに限定されてしまう、商
業との蜜月を糧とするイラスト作家が、真の現代性を持
ち得ない所以は正しくそこにある。対して純粋芸術にお
ける現代性とは、例えば100年を経てもなお古びない
事、未だイキイキと斬新なアウラを放つ事だ。斯様に、
目新しさ=新奇性と現代性とは似て非なる概念であり、
よって真に「現代的」と言える表現は、時による風化・
腐蝕に抗う力を秘める。即ち「MODERN」とは、時
に抗う力であり、気概である──そのように考えた時、
今回当店では初めての紹介となる「寺田至」という画家
は、正にその「MODERN」を体現して生きた、稀有
の作家であったと言えるだろう。その意味で、近年同作
家を積極的に紹介し、再評価の先駆けとなった日本橋の
不忍画廊が、個展案内に銘打った「知られざるモダニス
ト」というコピーは、誠に的確な名句であったと思う。
寺田至──1951年愛媛県生まれ。1974年大阪
芸術大学美術学科卒業。旅先の風景や、身近な事物・
人物を題材に、大胆な画面構成と軽妙なタッチで、対
象の息吹が感じられる多くの作品を生み出した。80
年頃から画廊・百貨店における個展を中心に活動した
が、描きたい絵画の探究のためか、90年代前半で発
表を已めて第一線を退き、以降は画壇に縛られない自
由な制作に専念した。2014年逝去、後には進取の
気概溢れる多くの未発表作品が残されたが、没後10
年の節目となった2024年、不忍画廊を皮切りに全
国6画廊で回顧展が開催され、俄に美術シーンの注目
を集める。続く翌25年にも全国的な巡回展が開催さ
れ、並行して画集も刊行される等、数々の高評を獲得
しながら、再評価への機運がいよいよ高まる中で、本
年も全国8箇所における個展が、現在巡回中である。
以上、不忍画廊による解説を参考にしつつ、短簡にそ
の来歴を記してみたが、続けてそこには、画家の作風に
関しても簡潔に記述されていたので、併せてそれも掲載
しておきたい。以下は、同資料を基にした概要である。
身近な人々や愛着ある品々、折々に出会う景色等の広
範なモチーフを、ある時は構成的に、ある時は抽象的
に、またある時はストロークの赴くままに描き出す。
空気感や光の表情を的確に捉えたタッチ、繊細な色彩
感覚で活写された画面、それら多彩な表現の一つ一つ
に、溢れる才気と洒脱な感性が宿り、そこには絵画な
らではのイリュージョンに対して、幾多の実験と修練
を重ねた者だけが持ち得る、存在の息吹が満ち満ちて
いる。また、作品の諸処にデ・クーニングやマチス・
ホックニー・モランディ等々、近代を彩った表現者達
との豊かな呼応が見られ、モダニズムの潮流の中で彼
らが開いた新しい領域に、大きな共感と敬愛を捧げつ
つも、それを独自の絵画表現へと昇華して、更に新た
な地平を目指した。油絵具のみならずテンペラや日本
画材、独自に調合した絵具までを自在に用いて、常に
古い枠組みからの超克を希求する姿勢は、真のモダニ
ストとしての矜持に、貫かれていたと言えるだろう。
様式の継承が当然のパラダイムであった時代が終焉を
迎え、表現の革新を希求する近代絵画が始まった時点か
ら、あらゆる画家は凡そ2種のタイプに大別される。一
つは、試行錯誤の果てに独自の「スタイル」を確立する
作家、世に名を残す画家の多くはこのタイプと思われる
が、例えばセザンヌの絵を偶然に何処かで目にした時、
キャプションを見るまでもなく、即座にそれがセザンヌ
の作と分かるように、或いはゴッホの絵を何かの折りに
見て、直ぐにもそれがゴッホと分かるように、このタイ
プの画家は共通して、自らのトレードマークとなるよう
な独自の作風を持ち、年齢と共に緩やかな変化は見せつ
つも、根幹を貫く「型」は生涯変わらないのが特徴だ。
対して、まるで一つの作風に留まる事を拒否するかのよ
うに、敢えて自らスタイルを持たない作家が、もう一つ
のタイプとして存在する。前者に比べれば、後者は古往
今来格段にマイノリティーだが、例えばクレーなどはそ
の紛れもない代表格と言えるし、本邦においては直ぐに
も池田満寿夫の名前が浮かぶ。当店でも過去5回ほど版
画展を開催しているので、ご覧頂いた方も多いと思われ
るが、ご存じのように稀代の革命児は、生涯に亘って大
胆に作風を変え続けた──と言うよりも、一定のスタイ
ルに安住する事を嫌い、ルーティンへの依存を忌避し続
けた。具体的には、初期のデ・クーニングを思わせるよ
うな過激なドライポイントに始まり、例のヴェネツィア
・ビエンナーレの前後には、詩的なウイットに富んだよ
りファッショナブルなスタイルへと到り、渡米後は一転
してポップアートのセンスが縦横に溢れる制作を展開し
……といったように、その画業は正しく華麗とも言える
変遷を辿った。斯様に、スタイルを持たない事こそが彼
のスタイルであり、然りながらそれが如何に変化しよう
とも、そこには常に確固たるアイデンティティーが在っ
た、つまりその時々にどんな作風を取ろうとも、そこに
はいつも、紛れもない「池田満寿夫」が居たのである。
正直に申し上げて、私は寺田至という存在を近年知っ
たばかりであり、故に彼を論ずる程にその画業を深く知
る者ではない。よって限られた見聞の限りではあるが、
私は彼が残したユニークな作品の数々に、そしてその制
作を貫く揺るがざるプリンシプルに、池田満寿夫と共通
した或る「匂い」を感じる。それはやはり、安住を嫌い
ルーティンを嫌い、端的に申し上げれば「同じ事などや
ってられるか」という、しなやかな挑戦の気概だけが放
ち得る、若々しくも瑞々しい匂いだ。思うに、このよう
な純粋に表現を希求する作家が、商業主義に染まる美術
シーンや、旧態依然とした既成画壇で、その実力を発揮
できる筈がない。何故ならそれらの社会では、常に同じ
作風を持続する事が必須とされ、名が売れれば売れる程
に、あの作家は「五重塔」を、あの作家は「桜」を、あ
の作家は「シルクロード」を……といった具合に、定番
の「銘柄」を求められるからだ。前述の如く、彼は40
代前半で自ら発表を停止して、美術シーンからの離反を
決行しているが、そのような道を選択した原因は、たぶ
んその辺りに有ったのではないか。つまりは「こんな世
界でやってられるか」という事だ。ならば何ゆえに池田
満寿夫は、時代の寵児と成り得たのか。言うまでもなく
それは、彼の評価が海外からの逆輸入であった事に尽き
る。明治期に文明開花の波が、海の彼方より押し寄せて
以来、舶来に滅法弱いというのは、悲しき日本人の性で
ある。ともあれ「こんな世界」は、未だ性懲りもなく続
いているけれど、優れた芸術は自らが蘇生の力を秘める
ものだ。寺田至の名が第一線より消えて、爾来30年を
超える空白を経た今、雌伏に潜んだ画家は遅すぎた評価
と共に、雄飛への再生を果たさんとしている、正にその
時機の心踊る到来を、私達は眼前にしているのである。
初回寺田至展の案内状には、1985年制作の「ケル
テスの肖像」という作品を使わせて頂いた。アンドレ・
ケルテスは、第一次大戦後にヨーロッパで勃興したモダ
ン・ムーヴメントの、中核的な存在として知られる写真
家である。同期にはマン・レイやモホリ=ナジといった
綺羅星の如きアーティストが挙げられるが、新しい表現
を探究した彼らの前衛的・実験的な作品に比べて、ケル
テスのそれは取り分け端正にして平易だ。もしや当時の
急進的なトレンドの中では、それは先鋭度の劣る表現と
さえ映ったのかも知れないが、それから約100年を経
て今、改めてその作品を見返す時、不思議とケルテスの
成した表現は、色褪せない「MODERN」を体現して
いる。寺田至の描いた「ケルテスの肖像」は1985年
の制作となっているが、同年にケルテスの写真集が発刊
されていて、その表紙にケルテス本人のポートレイトが
使われているので、たぶん彼はそれをモデルに描いたの
ではないかと思う。ただ、元の写真と比較してみると、
微妙にその表情は異なる。ケルテス本人は穏やかな容貌
で佇むが、寺田のそれはより生き生きとして、今にも何
かウィットに富んだ台詞を、語り出しそうにも見える。
あくまでも私見だが、彼はケルテスの肖像に自らを重ね
たのではないだろうか。おそらくこのポートレイトは、
寺田至の自画像なのだ。この年から数年を経て後に、自
ら活動を停止する事を思い計る時、密かに彼はこの肖像
に、モダニストとしての宣言を込めたのかも知れない。
これからは「知られざる」道を行こう、旧態に抗い、時
代に抗い、トレンドに与せず、名声に靡かず、全ては真
の「MODERN」で有り続けるために──そんな声が
ここからは響き出すかに思える。しかしながらその表情
は、どこまでも軽やかだ。未知へのときめきと、好奇へ
の愉楽を浮かべて、彼は遥かな未来へと微笑んでいる。
(26.01.29)